ワインの知識

ワインは背景も合わせて楽しむ!世界のワインの歴史

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ワインには8000年の長い歴史があるといわれています。

大昔過ぎてちょっと想像がつかないですよね。

今回はワインの歴史についてのお話です。

ニューワールドと呼ばれるワインの産地、あなたはいくつぐらい知っていますか?

ワインの始まりの歴史

出典:まとめない世界史

人類が造ったワインの始まりは、8000年前まで遡ります。

ジョージア(旧名グルジア)アルメニア(グルジアの南)の遺跡でワインの痕跡が見つかっているのですよ。

文字が残っているのは、メソポタミア(イラク)になります。

今からおよそ6000~7000年前の「ギルガメッシュ叙事詩」に、船を建造したときにワインを水夫に飲ませたと書かれているのです。

エジプト神話によると、冥界神オシリスとその妻イリスが、エジプトにワインとビールを伝えたとされているのですよ。

ギリシャ神話では、ディオニュソスがブドウ栽培などを身につけて、ギリシャやエジプト、シリアなどを放浪したと伝えられています。

このディオニュソスこそが、ローマ神話ではバッカスと呼ばれるワインの神様で、豊穣や酩酊をも司る神様なのですよ。

神々から引き継いだワインは、人類の手によって広がり始めます。

3500年前ごろから、中東地域のワイン文化を地中海に伝えたのは、現在のレバノンの湾岸沿いのフェニキア人だといいます。

その範囲は、チュニジア、シチリア島、フランス、スペインから、ギリシャ、ローマに至ったそうです。

ワインとローマ帝国

出典:アカデミーエデュアン

3000年前、ワイン造りは最初にフェニキア人によってローマに伝えられました。

その後ローマは、イタリア半島南部を植民地としたギリシャ(紀元前8世紀~275年)と、中部の原住のエトルリア(紀元前8~1世紀)から、

本格的なブドウ栽培・ワイン醸造学び、それを合わせて発展させたのですよ。

ローマ帝国の拡大と共にヨーロッパ全土に広がっていきました。

ローマ皇帝ジュリアス・シーザー(紀元前102~44年)が権力を手にしたきっかけは、ガリア(現フランス)との戦争での勝利です。

ガリア戦争での行軍は、フランスにワイン造りを伝えた道程になりました。

マルセイユから川をさかのぼって北へ、

  • コート・デュ・ローヌ地方
  • ブルゴーニュ地方
  • アルザス地方

西へ向かい、

  • シャンパーニュ地方

さらに、マルセイユから大西洋に向かって、

  • 南西地方
  • ボルドー地方

ローマ帝国の支配は、ライン川流域やドナウ川流域に及び、現在のドイツのワイン生産地域にもブドウの栽培が広められました。

最終的にはその範囲は、スペイン、北アフリカはもちろん、イギリスの一部にも及んでいました。

ワインとキリスト教

ローマ帝国によって各国に伝わったワインは、キリスト教によって広め、定着させられたのです。

4世紀、ローマ皇帝コンスタンティヌスがミラノ勅令でキリスト教が公認されました。

中世にはキリスト教が大きな力を持つようになり、町は教会を中心に構成されるようになりました。

キリスト教において、ワインがミサに欠かせないこともあって、至るところでワインの原料となるブドウが栽培されるようになったのですね。

中世初期では、ローマ・カトリック教会が、唯一の確かな情報ネットワークだったのですよ。

このネットワークから、最上級のブドウ株の導入・移植・品種改良の情報が伝えられました。

その情報を元に、その土地に合った品種改良と栽培技術の切磋琢磨が行われたのです。

キリスト教は、ローマ帝国の滅亡後も西ヨーロッパでローマ・カトリック教会の支配体制を確立し、同時にワイン文化も各国へ浸透していったのですよ。

14世紀のルネッサンス、16~18世紀の華麗なる宮廷文化はワインと共にありました。

フランスで花咲くワイン文化

ボルドー

1152~1453年、ボルドー地方はイギリスの領土だったのですよ。

イギリス王の庇護もあって多くのボルドーワインがイギリスへと運ばれました。

当時、寒冷なイギリスでは、ワインはほとんど造られていなかったのですよ。

これが他のヨーロッパ諸国に先がけて、ワイン貿易というビジネススタイルを確立させる結果となりました。

ワインが海外へと運ばれる際、積み出し港がボルドーでした。

そこでボルドー地方のさまざまな地域から集められたワインは、積み出し都市の名をとって「ボルドーワイン」と呼ばれたのです。

一都市の名前に過ぎない「ボルドー」が、その周辺の葡萄栽培地域一帯を指し、またワインの世界においてブランド的名称となった起源は、ここに由来しています。

ロマネ・コンティ

15世紀、ブルゴーニュ公国はフランス王国との争いに敗れて併合されました。

やがてフランスの宮廷において、ブルゴーニュワインがもてはやされるようになり、フランス全土にその名声が響き渡りました。

ブルゴーニュに優れたぶどう畑を所有することが、フランス貴族のステイタスとなったのです。

貴族たちはこぞって、ブルゴーニュにぶどう畑を求めました。

コンティ公ルイ・フランソワ一世が、国王ルイ15世の寵姫のポンパドール夫人の戦いの末に手にした畑はロマネ・コンティと呼ばれています。

ドン・ペリニョン

世界で最も有名なシャンパーニュの歴史は、1743年に修道士であるピエール・ペリニョン氏が、修道院で醸造責任者に任命された事から始まります。

シャンパーニュにおいて、ピエール・ペリニョン氏の偉業とは?

  • ガス圧に耐えられるよう、耐圧性の高いガラス瓶を導入!
  • コルク栓を導入!
  • 黒ブドウで白ワインを初めて造った!
  • シャンパン生産用の圧搾機を発明!
  • ワインをアッサンブラージュ(ブレンド)する方法を発案した!

次は、海を渡った人類とワインのお話になります。

ワインと大航海時代

15世紀、オスマン帝国(イスラム教)が地中海東岸を占領して、ヨーロッパの貿易を妨害しました。

ヨーロッパに入ってくる香辛料が減り、価格はどんどん上がっていきました。

これによって、ヨーロッパでは直接アジアに行って香辛料を手に入れようと、新しい航海路の開拓を始めたのですね。

新航路の開拓だけではなく、その活動は海外貿易の拡大、キリスト教の布教、さらに植民地の獲得を求めて世界中に及んだのですね。

15~17世紀は大航海時代と呼ばれ、ヨーロッパ特にポルトガルとスペインによるアフリカ・アジア・アメリカ大陸への大規模な進出が行われた時代です。

キリスト教の布教と共に、ミサに必要とされるワインも各国に広まっていったのですよ

  • 1488年 ポルトガルが喜望峰(南アフリカ ケープタウン)に到達
  • 1492年 スペインがアメリカ大陸に到達
  • 1498年 ポルトガルがインドに到達
  • 1543年 ホルトガルが日本に到達

ニューワールドに向かったワイン

出典:モトックス

南アフリカ

1488年、この地域に始めてポルトガル人が到達してから、ワインの誕生までには170年かかりました。

それは、この地域には都市も特別な産物もなかったからなのです。

ヨーロッパとアフリカの交易が盛んになると、補給地として入植がはじまりました。

ワイン誕生から100年後、この地の甘口ワインは産物のひとつとして、イギリスやフランスに向かうようになったそうです。

あなたも聞いたことがあると思いますが、人種差別(隔離)政策、いわゆるアパルトヘイトがこの国の歴史に影を落とします。

1961年、イギリスから独立を果たしたものの、20世紀後半からアパルトヘイトに対して、国際的な経済制裁を受け輸出が止まってしまったのです。

1994年、アパルトヘイトが廃止されると再び輸出が盛んになり、それまでは質より量が重視されていたワインの品質向上が進みだしたのですね。

KWV クラシック・コレクション シュナン・ブラン

南アフリカ共和国では最もポピュラーなブドウ品種であるシュナン・ブランから造られます。

透明がかった淡い麦わら色、カリンとメロンのニュアンスのある香り、口に含むとライムを想わせるような微かな酸味を豊富な果実味が優しく包みこんでいます。

出典:Amazon com.

アルゼンチン

1516年、スペイン人が到着し、1536年から入植がはじまりました。

ブドウの栽培とワインの醸造が始まったのは、入植から50年がたってからです。

1816年、スペインから独立しました

アルゼンチンは1850年から大きく成長を遂げ、ワイン産業も発展しました。

その結果、1929年に世界第五位の経済大国になったのですよ。

しかし、1929年からはじまった世界恐慌と国内外の混乱が続いたアルゼンチンは、先進国から途上国への転落してしまいました。

1990年代、外国資本が流入したことから、近代的な醸造が再び本格化しましたが、債務不履行などの経済的混乱は今も続いているのですよ。

カイケン・カベルネ・ソーヴィニョン

熟したプラムの甘い香り、スパイシーさとブラックオリーヴのニュアンスがあります。

木の香りが調和していて、ビターチョコレートやバニラのような複雑な香りもあり、味わいは非常に円やかです。

出典:Amazon com.

チリ

1520年、ポルトガル人がチリに到達し、50年後にはブドウの栽培が始まりましたが、産業としては育ちませんでした。

1818年、スペインからの独立を果たしました

独立後、フランス系のブドウ品種を持ち込んだり、フランスから醸造の専門家を招いたりしましたが、発展には至りませんでした。

また、1938~74年に施行された新アルコール法、第二次世界大戦の影響などでブドウ栽培、ワイン醸造は完全に停滞したのです。

1979年、スペインの技術者が先進的な醸造方法を伝えました、チリワインの近代化が、再開されました。

チリワインが注目されたのは、1990年頃、アメリカ カリフォルニアワインが、フィロキセラ禍により供給不足となったことでした。

(フィロキセラは、ブドウ樹の葉や根にコブを生成してブドウ樹の生育を阻害し、やがて枯死に至らせる昆虫です。)

1990年代半ば、日本の赤ワインブーム到来とともに脚光を浴びたのもチリワインだったのですよ。

マプ メルロ

濃いルビーレッドの外観。ブラックカラントやチェリーなどのフレッシュな果実の香があります。

ラズベリーやブラックベリーの豊かな果実味と、繊細なタンニンのバランスがとれた味わいです。

出典:Amazon com.

アメリカ

1534年頃から、スペイン、イギリス、フランスがアメリカ大陸に到達し、入植を始めました。

アメリカのワインの歴史は16世紀、ヨーロッパ人の入植と共に始まったのですよ。

最初の頃のワインには、アメリカの野生種を使用して作られていましたが、入植者に好まれず、ミサで使われるものだったそうです。

東海岸では17世紀、西海岸でも18世紀にはヨーロッパ品種のブドウが植えられ、ワインの醸造も始まりました。

1776年、アメリカ合衆国独立宣言

1821年、メキシコがスペインから独立、この時カリフォルニアはメキシコの領土でした。

1848年、カリフォルニアはアメリカの領土となりました。

メキシコではスペイン人が持ち込んだワイン造りが盛んに行われていたのです。

その後、19世紀のゴールド・ラッシュと共に、カリフォルニアのブドウ栽培が拡大し、ワインの生産量が増えていったのですね。

1920~1933年、アメリカでは禁酒法の施行により、ワイン産業は壊滅的な打撃を受けまたそうです。

アメリカ全土で、数千軒と存在した醸造所には長い歴史を持つものも多数ありましたが、それらの大半は廃業してしまったのです。

法の軽視や犯罪組織の拡大などの悪影響が明らかになり、禁酒法は廃止されました。

しかし、禁酒法下で忘れられていたワインの生産は、ゼロ以下からのスタートでした。

1934年にはカリフォルニアで、ワイン生産者組合で組織される協会が設立され、ワイン復興を牽引していくことになるのです。

1976年にパリで行なわれた品評会では、赤ワイン・白ワイン両方の部門でカリフォルニアワインが上位を独占したのですよ。

ブレッド&バターシャルドネ

​バニラ・ビーンズ、アーモンドの皮などの豊かな趣があり、クレーム・ブリュレを思わせるような香りがあります。

味わいは、柔らかなミネラル感、ほのかな樽感が感じ取れ、舌の上で溶けていくようです。

出典:Amazon com.

オーストラリア

1606年、オランダがオーストラリアに到着しましたが、特に価値のある産物がなく注目されませんでした。

1770年より、流刑地の要素も持ちながらですが、イギリス人の入植が進み、50年後にはワイン造りが始まったそうです。

ドイツからの移民が南オーストラリア州に移り住み、そこでも盛んにワインが生産されるようになりました。

1901年、イギリスからの独立が果たせたのです

オーストラリアでは、甘口のデザートワインが主流の時代が長く続きました。

第二次世界大戦後、テーブルワインの生産が増え、今では世界が認める数々の高級ワインを生み出すまでに発展しました。

近年では、農薬を少量またはまったく使わないナチュラルワインも注目を集めています。

イエローテイル シラーズ 

黒々とした深い色合いに、熟したベリーと黒胡椒のスパイシーな香り。濃縮された果実味と豊かな渋味とのバランスよいワインです。

出典:Amazon com.

ニュージーランド

1642年、ニュージーランドにオランダ人が到達し、1767年からはイギリスが補給地として使うようになりました。

1836年がニュージーランドでワインが誕生した年です。

1830年代後半にはシャルドネなどフランス原産の苗木が、1840年代にはリースリングなどのドイツ原産のものが多く導入されたのです。

1840年、イギリスからの独立を果たしました

1890年代にはクロアチアからの移民がたくさん移り住み、その子孫たちは今でもワインを造り続けています。

1960年代までは、甘口のデザートワインが多く造られていました。

1980年代、ニュージーランドのソーヴィニヨン・ブランで造られたワインが、世界のコンペで最優秀賞を獲得しました。

シャーウッド・エステート ストラタム ソーヴィニヨン・ブラン 

香りは柑橘系とミネラルの香りがバランスよく感じられ、味わいはフレッシュ、リッチで凝縮した果実味が特徴です。

出典:Amazon com.

日本

日本にワインが伝わったのは、室町時代後期といわれています。

この時期に書かれた「後法興院記」に、「珍蛇(チンタ)」という酒が登場するのです。

「珍蛇」の由来は、ポルトガル語でワイナリーを意味する「Quinta(キンタ)」だそうです。

織田信長が最初に飲んだともいわれる珍蛇ですが、豊臣秀吉のキリスト禁教令により、一般に普及することはありませんでした。

次にワインが、日本の表舞台に現れるのは300年後の明治時代になります。

日本での醸造の始まりは、1870年山梨県で、山田宥教と詫間憲久が「ぶどう酒共同醸造所」というワイン醸造所を設立です。

甲州種などを用いて、日本で産業として初めて、国産ワインが製造されました。

日本のワインについて詳しい記事はこちらになりますので、よろしければ参考にどうぞ。

日本ワインの誇り「山梨ワイン」が誕生したルーツとおすすめを紹介

ニューワールドのワインについて詳しい記事はこちらになりますので、よろしければ参考にどうぞ。

ニューワールドのワインって何?嬉しい特徴と魅力やおすすめを紹介

まとめ

ワインの歴史を解説しました。

ワインは、グルジア・アルメニアで生まれ、イラクへ、レバノンを経由して、エジプトへ伝わったのですよ。

その後、レバノンに住んでいたフェニキア人が、チュニジア、シチリア島、フランス、スペインから、ギリシャ、ローマに伝えました。

ローマ帝国の拡大により、西ヨーロッパ全土、北アフリカはもちろん、イギリスの一部にもワインは広がりましたね。

キリスト教は、そのワインを文化と位置付け西ヨーロッパ全土に定着させたのですよ。

大航海時代、ワインはニューワールドへ広がっていったのです。

歴史に思いをはせながら、ワインを楽しむのも悪くないですね。

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